PINFU

毎日書く訓練

万事快調(12)

2024/01/12
 マヌケなサイレンが聞こえて顔に陽の光があたって起きる。この部屋は一日に一度しか、わたしが暮らしている部屋は一階だけれど、実際は半地下なので、となりの家の塀の上から陽が差し込んで、冷蔵庫のよこの窓から入ってくると、その先に寝ているわたしの顔があって、顔に陽の光が直撃するから起きる。今の時期は十時半すぎだ。二度寝したあとはだいたいこの時間に起きる。
 ヘンな音のサイレンが聞こえて、普通はピーポーピーポーだが、テーポーテーポーのような、本当はニ文字目は「ロ」に聞こえたんだけど、それだとテロテロになるのでやめた。
 なんでやめたんですか
 テロテロにになった服、とか言う。
 書く側に制限がかかるのもそうだけど、読む側にも人間をこんな風に見てはいけないって制限がかかるんだよね
 テロ、無差別テロとかのテロである。さっきの聞こえたヘンなサイレンをここに再現しようとしたらテロテロだったが、それはテロを連想させるからやめた方が良いと思って、テーポーテーポーにした途端に、なんでこんなことをしているのか。ここでわたしを止めた「わたし」は誰なのか。
 止めんなや!
 なんでこんなくだらない抑圧がかからないといけないのか。以前、山下澄人さんが朗読会で、中学生のときにシンナーを吸っていた同級生が、ラリって、学校の屋上から飛び降りて死んだ。山下さんはその場にはいなかったけれど、その場にいた同級生は楽しかったと言って、ニコニコしながらへんな踊りをして、わっ!と言って飛んだそうだ。それを山下さんが引き笑い(?)、笑いながら語っている。

ラボは、ラボに限らず笑いがあるのがいい 
うたいながらほほえんで自分によってるうたうたいはキライだ
それくらいはボクにもわかる
ずっと、お客をやってきているから
前回の山下さんのラボの動画もそうだけど、山下さんの引き笑い?が
いつも笑える(笑) そんな場はなかなかないので

 前にも書いたが山下さんの引き笑いがおもしろい、あれがあると安心する、というかわからない。会って話したとき、この人の前では絶対嘘はつけないと思った。嘘らしい嘘じゃなくて、自分をよく見せようと、背伸びをして言ったことは全部見抜かれる、「あれがあると安心する」なんていうのは嘘だとわかる。そこまでして文章なんか書かなくていい。書くから間違える。『俺に聞くの?』にも、
「相手が知らない相手の良いところを教えてあげたい」
「こんな相談の場に書いているからおかしくなる。はじめのうちは良かったが、相手が知らない相手の良いところを教えてあげたい、なんて上から目線だし、余計なお世話だ。こんなところに書かずにさっさと言ってしまえばよかった」
 自分もいったい毎日なんというか、こんなに書いていていいのか。余計なことを書いているはずで、黙っていたほうがいいんじゃないか。
 でも安堂、書くしかないんだよ
 Iさんが言ったのを毎日思い出して書いている気がする。
 これは小説になっているのかもわからない。万事快調というタイトルをつけている。はじめのうちは小説だった気がしていたが、数回前から小説ではなくなってきているような気がして、でも自分ではわからない。小説が書きたい、小説が書きたいと思っているからそこにこだわって、「書けない、書けない」と言っているのかもしれない。「なんでもいいじゃん。とにかく書こうぜ」と言うのではなく、書いてみたら小説になるんじゃないか。小島信夫『美濃』の、もとは簡単なエッセイのつもりだったが、時間が経っていくと小説的になってきた、という話はかっこよすぎて、そればっかり目指しているけれど、『残光』のようにやればいい? あれは小説なのか何なのかもわからないし、どうしたら小説になるのかもわからない、小説って何なんだよって。前に古谷利裕さんに、小説を書きだして間もない人がいきなり晩年の小島信夫みたいな書き方はできると思いますか? と質問して、なんて言われたか忘れてしまったから、今度の保坂ゼミできいてみる。『残光』の八十六ページから九十七ページ(新潮社の単行本版)をパっと開いたところから読み進めていくと、小島信夫にも会ったこともないし、知ったときには死んでいて、亡くなったのはたしか二〇〇六年、そのときわたしは九歳で、十歳の誕生日は父はなぜか家にいない(残業はない仕事だった)で母、妹、わたしの三人でジョナサンというファミレスにいた。そのときに、
 ああ、年齢がニ桁になった
 と思ったので覚えている。だいたいその辺で小島信夫は亡くなって、声も聞いたことがないけれど、今この十ページくらいを読んでいたらものすごく「小島信夫」という人物が立ち上がってくる感じがして、もう本当にわたしの祖父母はみんな亡くなったのでわたしの記憶の中にしかいない、その記憶を(祖父母にかぎらずすべての記憶を)厚くしたいと考えているけれど、小島信夫は祖父母と同じくらいの存在感がある。会ったことも見たこともないのにだ。
 少し時間をおくことにする。現実のわたしはやらなければいけない予定もある